ぼうけんの記録

鹿児島に住む中で「鹿児島は情報発信能力が低い」と感じることが多く、地元の資源をうまく生かせていないことにもどかしい気持ちを持っています。情報発信能力を身につけるために「まずは自分のことを発信しよう」と思いブログを始めました。

私が大学4年間、口に出し続けた変わらない夢について。

注意:はあちゅうさんの『半径5センチメートルの野望』のせいで、なんか、高まってます!!!
 

 

自分で書いた文章を何年後かに見ると、ハッとさせられたり、励まされたりするもので。

最近は、去年の10-4月ごろまで書いていた日記を読み返すことが増えました。
 
今の私が書いた文章も、もしかしたら将来の自分を助けるかもしれない。
励ましになるのかもしれない。
と思うと、おのずと筆は進むもので(最近はタイピングやフリック入力だから、指が進むか)
 
学生生活をふりかえると、馬鹿みたいに一生懸命だった日々もあれば、恐ろしいくらいに愚かで情けない日々もありました。
 
でもその中でも変わらなかったことがあり、それは「作家、小説家になりたいという夢を口から出し続けること」でした。
 
高校2年生の時に「小説家いいじゃん!」と急に思い立ち、「将来の夢は小説家だ!」と志しました。
 
大学進学のための作文(指定校推薦だったため、800字作文の提出と面接が私にとっての大学試験でした)にも、「将来の夢は小説家です」と書き、「大学に入学することで、様々な人と出会い、経験を積むことで小説の材料を集められると思います」と書いた記憶があります。
(まったくそのままの表現は覚えてないけど、内容はおおむね合ってるはず)
 
自分で掲げた夢に救われたこと、数万回。(言いすぎか)
一時期は、勝手に押しつぶされそうになり、手放しかけたけど、やっぱり諦めきれなくて、夢を見た。
夢を見る時は、叶うとか叶わないじゃなくて、ただ見る。
人によっては夢を描くという表現をするでしょうが、私は夢を「見る」
 
 
小さな一戸建てに住んで、裏庭には葉物野菜が育つ小さな畑。
飼っているしっぽの長い猫は知り合いから引き取った猫。
お家にきた時は、まだ小さくて私が離れるとニャーニャー鳴いていたのに、今では我が物顔で家中を歩き回り、たまに庭でカラスと戦っている。
私はいつものように、お気に入りの社長椅子に体育座りしながらパソコンと向き合っている。
あーでもないこーでもないと生みの苦しみに悶えているディスプレイの先には、気持ちよさそうに寝ている彼。(絶対口があいてる)
「あほ顔」と思いつつ、ほっとして、ふわっとあったかい何かに包まれたような感覚になって、「これが幸せか」ってなぜかちょっと泣きたくなる。
目に涙が溜まるほど文章が浮かぶ私は、思いついたようにカタカタとキーボードを打つ。
 
 
 
あー。理想。
いい風に書きすぎてるけど、間違いなく理想。
 
きっと、カタカタキーボード打ってたら、寝ている奴に腹たってきて「こっちが苦しんでいる時に口を開けて寝ているとは何事か!」と立ち上がり、クッションでも投げつけるのでしょうね。
 次の台詞は「プリン!ハーゲンダッツ!ガトーショコラ!」でしょうね。
幸せそう。(少なくとも私は幸せ)(ちゃんと謝ろう)
 
 
くそー。
後何年かかるんだ。
 
 
結局、大学在学中に小説家デビューすることはなく、本を出すこともなかった。
ほら吹き。
オオカミ少女。(少女ではない)
オオカミくそ女です。
もはや、くそ女です。
ただの、うそつき口だけくそ女、です。
 
あああああああ。
でもこの4年間、頭の片隅には「小説家」という夢があって、楽しい時も「小説のネタにしよっ」、辛い時も「絶対小説にしてやる」と思って過ごしました。
 
高校2年生の時の私に比べたら、今の私は確実に、着々と小説家に近づいているとは思います。
思うけど、それじゃだめ。
 
 
書き続けて、形にしなきゃ。
幸いにも「小説家になりたい」と口にした女子学生に「なれるわけねえだろ」「働け」「馬鹿か」という人はいませんでした。
本気にされてないのか、眼中にもないのか、本当に応援しているのか。
人の心はわかりません。
 
でもおかげさまで、相も変わらず同じ夢を持ち続けています。
うー。
まあ、人から「お前には無理」って言われて「そうですよね、ごめんなさい」なんて言わないけれど。
 
 
人生のどんな場面でも、「小説家になるから」と思えば頑張れたし、何事も楽しめた。
いつか使うかもと思ってなんでも記録した。
ノート、メモ、プリント、ほとんど捨てずに持ってる。
 
 
 
大学は無事4年間で卒業できたけど、夢までは卒業できなかったから、もっともっと追いかけていくんだろうな。
「子どもの妄想でした」で終わらせたら、高校2年生の私がかわいそうだし、申し訳ない。
 
この先タイムマシーンが発明されて、抽選で、あの頃の自分と話せるチケットが当たって、過去の自分と会った時に「あなたが描いた未来は一生来ませんでした」なんて言えない。
「一生懸命やったけどダメだったよ」も言えない。
「みんな応援してくれたけど、運がなかった」も言えない。
「いいところまでいったけど、選ばれなかったよ」も言えない。
 
 
 
 
「なんとか試行錯誤しながら、まだ夢を追いかけてるよ」
「あなたが描いた未来を今も大切に追いかけているよ」は言える。ぎりぎり。
 
 
ほんとは
「あなたが描いた夢叶えちゃったよ。そしたらもっとやりたいことがでてきて今はそれに向かってがんばってるよ。だから未来を信じてがんばれ」って言いたい。
 
 
タイムマシーンは発明されないし、過去の自分に囚われることもないけど、4年間口に出しまくって、潜在意識にも多分刷り込まれてて、望む未来のために目の前のことを一生懸命やろうって思うから、やっぱりやる。
 
 
なっがーーーーーーーーい人生の中のたった4年間だけど、大した努力もしていないけれど、18-22歳の4年間ずっと、同じことを口に出し続けた自分のことは認める。
実力は伴わないけど、気持ちは本気っぽいぞ、と。
 
 
これまでの自分がいて、今の自分がいるから、私は私に返してあげないと。
あの頃描いた未来を手に入れてあげないと。
今の私が、未来の私を創るから、未来のわくわくは今の私次第だから。
 
 
この選択は、未来のわくわくを増加させると信じるしかない。
不安だけど。
でも大丈夫!
 
 
実力が伴わないなら、身に着けるしかない。
・書いたり書かなかったりじゃなくて、一定のペースで書き続けられる
・ある程度の分量と質を保って、文章を量産できる
・深く自分の内側に潜る
 
 
今後も口に出し続けて、書き続ける。
やる!
 
 
 
 
 
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よーさんも叶えたいことがあるのかな?